庭園 of honrakuji

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中国道教思想に基づき,不老長寿を願い,慶祝を表すもので,鶴,亀に見立てた島をつくり,また山をつくったりしました。また鶴亀両島をもって蓬莱島ともいいます。

横の枯れ.jpg 当寺枯山水の石組みは鶴亀である





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鶯之瀧

高台の見晴らしのいい寺であるところから明治四十年『阿波名勝案内記』には国造の詠として『阿波国に名所があるよ 見よ 聞けよ 鶯の瀧、桜間の池』の一首を傳う。                                                                                                                                                                                                                                                      
また三宅舞村(天保五年~明治四十一年、医師、儒家。美馬郡舞中島村の人)本楽寺避暑として『寺門咫尺枕芳川 川帯青松翠竹鮮 水面淳風次不断 櫓聲帆影去来船』と詠んでいる。
昔は観音信仰とともに、裏にある瀧の浄水が眼病に霊験あらたかというところから、近郷近在から人が集まって来て眼を洗ったという。

t9.jpg庭は、大自然の美を縮図したものであり、芸術的にアレンジしたものである。これは一国の文化を代表する芸術作品の一つである。いながらにして、小庭から大自然の美に接することができる唯一の空間である。そして、また人々の心を通した自然が、庭であるから、庭はただ単なる自然に接する以上のものである。例えるなら苔一面の庭も、自然のイメージがなければ単なる苔地である。自然をイメージすることにより、苔地が大自然の景色に見えてくる。
『花は野にあるように』                                                                                
これは、千利休が茶室に生ける花について言った言葉である。いったん切ってしまった花を、自然の野にあるようにという事である。これは大変難しい。野の花の風情を一輪に表す。それによって一層美しく見える。
庭も同じように思われる。石や木という自然の材料で自然を描写する。そして大自然を寸尺の狭い空間に写すことによって、かえって自然の美しさが一層はっきりと強く感じられる。だから人々は自然の雄大さに引かれて足をとめ見とれてしまうのであろう。
当寺の庭園は、未完成ながら三十三体の観音様を配置してある回遊式庭園である。春夏秋冬によっていろんな景観となる。特にもみじが多いので秋に来られる方がいいだろう。
今も庭園を増設中である。