庭は、大自然の美を縮図したものであり、芸術的にアレンジしたものである。これは一国の文化を代表する芸術作品の一つである。いながらにして、小庭から大自然の美に接することができる唯一の空間である。そして、また人々の心を通した自然が、庭であるから、庭はただ単なる自然に接する以上のものである。例えるなら苔一面の庭も、自然のイメージがなければ単なる苔地である。自然をイメージすることにより、苔地が大自然の景色に見えてくる。
『花は野にあるように』
これは、千利休が茶室に生ける花について言った言葉である。いったん切ってしまった花を、自然の野にあるようにという事である。これは大変難しい。野の花の風情を一輪に表す。それによって一層美しく見える。
庭も同じように思われる。石や木という自然の材料で自然を描写する。そして大自然を寸尺の狭い空間に写すことによって、かえって自然の美しさが一層はっきりと強く感じられる。だから人々は自然の雄大さに引かれて足をとめ見とれてしまうのであろう。
当寺の庭園は、未完成ながら三十三体の観音様を配置してある回遊式庭園である。春夏秋冬によっていろんな景観となる。特にもみじが多いので秋に来られる方がいいだろう。
今も庭園を増設中である。










