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鹿苑寺

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鎌倉幕府滅亡後、荒れ果てた西園寺を足利義満が譲り受け、「北山殿(北山第)」と呼ばれる大規模な邸宅を造営しました。邸宅とはいいながら御所に匹敵する大規模なもので義満はここで政治の実権を握りました。足利義満の死後、遺言により北山山荘は舎利殿(金閣)を残して解体され禅寺となりました。1950年の失火で全焼しましたが、1955年にほぼ焼失前の状態に再建されました。上層の天井板は「楠天井の一枚板」であったと言われていますが焼失したため確認はされていません。

9.jpg手前「三尊石」。奥の石塔「白蛇の塚」

7.jpg龍門曝。写真の中央部に「鯉魚石」が見える
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金閣寺(きんかくじ)と呼ばれていますが正式には鹿苑寺(ろくおんじ)といいます。 この寺名は、釈迦の最初の説法の場所である鹿野苑(ろくやおん)からとったものである。

11.jpg1.jpg2.jpg12.jpg陸舟の松。船に乗って西方浄土に向かうという発想5.jpg6.jpg